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2000年7月の日記

乾燥中の干し草

初めて英国に来た時、ロンドンからランカスターへの車窓から、

牧草地に点々と真っ黒な巨大な俵みたいなものが見えました。

干した草をロールケーキみたいに巻いて、黒いカバーをかけたものでした。

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7/2

昨日、映画「マスク・オブ・ゾロ」を見ました。理屈抜きで(っていうか、理屈を考えると・・・)楽しめる活劇映画なのですが、サー・アンソニー・ホプキンスの早口が全然聞き取れないのでテレテキストという機能を使って英語字幕付。私は「羊達の沈黙」以来(遅ればせながら)アンソニー・ホプキンスフアンでして、「日の名残り」も「THE EDGE」(多分邦題は「ザ・ワイルド」?「ところがークマさんがーあとからーついてくるー」という、映画です)も(でも本当はレクターなんだぜ、怖いこわい)などと思いながら見ましたが、アントニオ・バンデラスを怪傑ゾロに教育するホプキンスもやっぱりちょっとレクター入ってました。牢破りするところなんか。でも若いころのレクター、じゃないや、ホプキンスのゾロのマスクの中の垂れた青い目がすてき!と思いました。クラリスが違う人なのが残念ですが、「ハンニバル」が楽しみです。今、原語の原作がペーパーバックになってスーパーで安売りまでしているんですが、とても理解できるとは思えません。対訳で読解すると、変な語彙がすごく増えてとっても勉強になるかもしれませんが・・・・・・・。

7/3

「ハンニバル」日本語版文庫本を手に入れることが出来ました。というのも日本から来た友達が持ってきてくれたからです。やっほー!

今回のの日程は飛行機だけでも

6/30  成田(11:00)→香港(14:45)香港泊
7/3   香港(00:05→マンチェスター(7:55)
7/7   ロンドン(18:35)→香港(13:20)
      香港(15:00)→成田(20:20)

というハードスケジュール。結局ランカスターにはマンチェスター空港9:48、ランカスター着11:17の電車で到着して、半日ランカスター観光をしました。英国名物強制芋の刑に辟易しつつも、結構元気。香港で買い物と美食で燃焼したのでかえって飛行機の中でよく眠れたのがよかったみたいです。明日はウィンダミアに行ってきます。晴れるといいなあ。

7/6

ランカスターでは大雨だったそうですが、なんと湖水地方では全く傘をささずに済みました。Tさんが結界を張っていたにちがいない。本当に楽しくて、英国に来て良かったと思いました。友達は今朝の電車でロンドンに発ちました。が、ダイヤが乱れて到着するのが1時間程遅れたそうです。1時間遅れたら日本ならニュースになるんですがね。

7/7

七夕ですね。

今朝日本にいる別の友達からメールが来ていて、東京に台風が接近しているので注意とのこと。さっそくロンドンのホテルに電話して伝えようとしたのですが、電話に出た人が人の話を聞こうとしない上、英語が訛りがきつくてなんだかよく判らないまま、メッセージを残しておくことになりました。電話したのが9時頃だったので、もしかしたらチェックアウト後だったのかもしれません。友達の名前を言ったら、いちばん近い名前は○×だと、日本人の男性の名前を言っていました。ひょっとしたら知らない人に「東京に台風が来ているので気をつけてねアキコ」という伝言が伝わったかも。。。ま、いいか。台風が判らないからスペルを言えというのでスペルを言ったら、なんだ台風か、フィリピン人だから良く知っているがはははとか言われました。豪快なフィリピン系おばさんだったみたい。

お土産の月餅と昆布飴、とってもおいしうございました。(;;)

家に工事の人が来て、私がテレビを見ていてら日曜日にゴルフをするからと言って日曜日の天気を気にしていました。そこで、イングランドでゴルフをするのにいくらくらいかかるのか?と聞いたら、会員権が普通年間500ポンド位で、1ラウンドが10〜20ポンド位だと言っていました。めちゃくちゃ安い!でもスコットランドではもっと安いそうです。日本では多分1ラウンド50ポンド以上すると言ったら向こうがびっくりしていたので、日本は芝生をきれいにしておくには暑すぎるのだと言ったら納得していました。

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7/10

・・寒いです。なんか今年の7月の気候は最低らしくて、洪水になったところもあるし、今日なんかスコットランドの山では雪が降ったとテレビで言ってました。今、長そでのTシャツ二枚来ていたんですが、寒いのでトレーナーを足しました。週末はお好み焼きとかどら焼き(6/29のあんこの残りをパンケーキに挟んだもの)を食べて暖かいねーって言ってました。暑い日本にいる人にこういうことをいうと、涼しくていいですねって言われるんですが、暑いほうが夏らしくていいなあと思う今日この頃です。どっちもどっちですね。でも湖水地方に行ってた時は結構暖かくて、日焼けしました。顔が茶色っぽくなってさらに謎の東洋人度が増しています。

7/11

郵便局に行ったら8月4日に100歳を迎えるクイーンマザーの記念硬貨を売ってたのでなんとなく買ってしまいました。£5。実際の£5硬貨としても使えるとの事なので、まあ損はしないかなと思って。直径四センチ位?で、100円と同じ様な色、片側にエリザベス女王、片側にそのお母さんのエリザベス皇太后(まぎらわしい)の横顔が彫ってあって、クイーンマザーの方には1900−2000と書いてあります。ミレニアムだし、なんと区切りのいい人だ。でもこの書き方だと死んだみたい。今日はお祝いの食事会と礼拝があったみたいで、テレビでやっていました。ヨーロッパ各国の王族も来たらしく、カラフルな洋服を来た参列者がたくさんいましたが、それ以上に司祭だか司教だかとか、軍の警備とか、警官とかの制服が時代劇そのままで、ヘンデルとかがかぶっていたようなかつらをかぶった人までいて、感心したらいいのか笑ったらいいのか訳がわからない派手な画面でした。ジンのビーフイーターのラベルそのままの人がいて、「ああービーフイーターだ!」と思ってしまいました。・・・って書いてビーフイーターのHP探したけどみつかりませんでした。ラベルをよく見たい人は酒屋さんで見てね。

7/13

今日英会話に言ったら白髪のおじさんがいて、先生かと思ったら生徒。英会話の生徒は留学生やそのパートナーが圧倒的に多いので、ちょっと不思議に思ったら、その人はコソボ人でした。直接話す機会はなかったのですが、休憩の時間に他の人と雑談しているところを聞いたら、やっぱり難民らしい・・・。英語もほんとうに片言だし、大変だろうなあと思いました。苦労が染みついた顔立ちをしていました。

ヨーロッパにいると日本にいるときよりずっと戦争・紛争が身近です。ランカスターの上空をよく戦闘機が飛んでいくし、コソボ紛争が盛んなときはヨーロッパの飛行機のダイヤが乱れていたそうです。現に英国の一部である北アイルランドも揉めていて一昨日あたり人が死んでいます。知り合いのロシア人女性が、息子が戦争にいくことを考えるとロシアに住めないので英国に来たと言っていました。ロシアで徴兵されたらまさに戦場行きですからね・・・。

以前夫が、第二次世界大戦の時日本で死亡した英国人捕虜の記録を訳して欲しいと言われて家に持ってきたことがありました。依頼主は直接の知りあいではなかったのですが、何十年も意味のわからない死亡記録を取っておいた遺族のことを考えると結構ショックでした。当時敵国同士だったので、戦争体験者やその家族には、今でも日本(人)を憎んでいる人もいるそうです。天皇がロンドンに来たときにデモがあったそうですし。ランカスターにもウィンダミアにも立派な戦争慰霊碑があって、第一次・第二次世界大戦や朝鮮戦争などで亡くなった人の名前が彫ってあります。汽車で行った先にあった小さな墓地にもありました。きっとどんな小さな村にもあるんだろうな。

この墓地は結構強烈な印象がありました。写真に写っているのは古いものですが、新しいものは埋めたあとが盛り上がっていたりして。火葬にしないので、ゾンビ映画が流行るのももっともです。でも墓地の真ん中にベンチがあって、墓参の途中でくつろげる様になっていました。お年寄りも来るし?そう言えば、去年マンチェスターで医師が連続殺人の容疑で逮捕された時には被害者のお墓を掘り返して証拠を探していました。

7/25

パリでコンコルドが墜落しました。ちょうど夕方テレビをつけたら臨時ニュースで、それ以降ニュースチャンネルではその関連ばかりが続いています。つい昨日か一昨日、英国のコンコルドの翼に亀裂があることが判って飛行中止になったばかりなので、タイミングがなんとも・・・。

私は小学生の頃、音速を越える素晴らしい飛行機という話を聞いていた世代(スズメガの翼に形が似ていると「昆虫おもしろブック」(?)で読んだりしたなあ)なので、ちょっとショックです。今解説を読むと、開発費が高すぎて仕方なく英仏二国での共同開発になったものの、うるさいし燃費が悪いので他の国は買ってくれなかったとか、ちょっとなんだかなあって感じですが(でも意地で作ったんだろうなー)。

そう言えば、あの頃は新幹線も「超特急」と呼ばれていて、「びゅーわーんびゅーわーんびゅわーん青いひかりの超特急」なんて歌もあって、科学は素晴らしいって感じの時代だったような・・・。

ところで、私は「ノーと言える日本人」になりました。

例えば、「これはあなたのものではありませんね?」と聞かれて、それがその通りだった場合、英語の答えは「ノー」ですが、日本語では「はい、違います」となるので、どうしても混乱してしまい、仕方ないので「それは私のものではありません」と全文を言うことでなんとか対処していたのですが、先日すぐに「ノー」と答える事が出来て、自分でちょっと感動。

でも、同時に無意識のうちに首を縦に振っていたのでやっぱり相手は混乱していましたが・・・。

7/27

テレビで映画「ロストインスペース」を見ました。最近少女誘拐殺人とかコンコルドとかでニュースばっかり見ていたので(というか、映画を見るのが面倒くさかったので)久しぶり。でも、最初の30分位を見ていないのでそもそもゲーリー・オールドマンは何で宇宙船にいたのかわかってない。他にも聞き取れず不明な点は色々あるんですが・・・。で、あのあとどーなるんだ?とか。

で、その流れでお昼はカニ雑炊の素を使って雑炊を作って食べました。ああ、ぜいたく。(我が家では日本からきたもの=贅沢。レトルトカレーは特別のご馳走。)

カニと言えば、三島由紀夫はカニが大嫌いで、自分が食べるのも人が食べるのを見るのも嫌いだったそうで、あるとき、料亭でカニが出たので怒って下げるようにと言ったら、一緒にいたひとが、じゃあ僕が貰いますと言って食べるのをさも嫌そうに見ていたそうです。いいな、この食べちゃった人。三島が嫌いなのを知っててわざとだったらなおいいなー。

じゃあ、歌舞伎の「平家蟹」なんて「さいてー」(三島のことだからもっと難しい表現で考えてただろうが)って思ってたのかな。・・・あっ、「平家蟹」は新作だから、書かれたとき三島は生きていたのかしら?

ところで、郵便局に行ったら、「クイーンマザー100歳記念王室四世代記念切手(と勝手に命名)」を売っていました。(買わなかったけど。)クイーンマザー、女王、チャールズ皇太子、ウィリアム王子が一緒に写っていて、それぞれの顔の部分が切手として使えるようになっているタイプ。なかなか上手いポイントをつくなあ。でも、切手として使ってしまった後はちょっとコワイかも・・・。

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7/28

今日は韓国トラックで色々買い物。最近は月二回別々の業者が来るようになったので、随分楽になりました。大学は休みに入ったので随分空いていて、初めて売りきれていなかった生キムチを買って夫はゴキゲン。私には辛くて一切れしか食べられませんでした。美味しかったけど。

ブレア首相の医療制度改革目標、というのを見てぶっとびました。曰く、急患の場合4時間以内に治療が受けられるようにする。手術までの待ち期間を現在の最長18ヶ月から6ヶ月にする・・・。どうりで夫が急病の時待たされたわけだ。あと、ガンの診断に最新の機器を導入するそうです。体には気をつけよう。くれぐれも。

ところで、ロンドンにあるミレニアムドームは、展示内容が英国の科学や文化が中心で人気が出ず(おいおい)、赤字だったため、責任者が更迭され、野村証券の関連会社が999年の契約で借りて(香港じゃないんだからさー)再建するらしいです。あと、ミレニアム観覧車とミレニアムブリッジというのも作ったのですが、どちらも安全性に問題があって無期営業中止らしいです。来年の正月には何をしてくれる、英国人?

ユーロ2000シリアルをイングランドが負けて叩き売りになってから買った私は、来年はミレニアムシャンパンを買おうと思っています。

7/29

今日は王室の持ち物であるアスコット競馬場で第50回キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスがありました。今回は馬券を買わなかったので日記に書きます。

今はデビアスの提供なので、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスとなっているこのレースは、1951年に、キングジョージVI&クインエリザベス・フェスティバル オブ ブリテン ステークスという名で、大英博覧会の100周年を記念して行われ、当初は1回限りのレースとして行われたのが、英国最高賞金のレースだったので好メンバーが集結し、大成功をおさめたため、その後も継続されたものだそうです。競馬のワールドシリーズ(F1の様にポイントをカウントする)に入っている英国唯一のレースでもあります(ワールドシリーズにはジャパンカップも入っています。)。

さて、今年はレース名になっているクイーンエリザベスであるところのクイーンマザーの100歳の誕生日を来週に控え、まさに記念すべきレースでありました。レース発走時間は3時50分でしたが、それに先だって2時過ぎにはクイーンマザーと女王が4頭の白馬(白いけど実況ではグレーホースと言っていた。葦毛なのね)に曳かれた馬車で入場、吹奏楽団によって国歌に続き「ハッピーバースデー」が奏でられ、100歳誕生日おめでとうの万歳三唱(スリーチアーズ)。レース後の表彰は(これは例年の通りだそうですが)女王が自らカップなどを手渡していました。

その後は他のレースを交えながら過去の名勝負。ダンシングブレーブなどのレースを観られて感動。歴代の優勝馬は種牡馬として有名な馬がごろごろいるすごい顔触れです。下に表にしてみました。なんだか気分は井崎修五郎・・・。女王もクイーンマザーも出馬表を手に馬を見ていたパドックでは、歴代優勝馬の勝負服に身を包んだ子供たちが座っていました。ゴドルフィンの勝負服が3人並んでいたのが目をひきました。

あと、先日飛行機事故で負傷したフランキー・デットーリ騎手が解説をしていたのもうれしいことでした。家のあるイタリア・サルデーニャで休養していたデットーリ騎手、日焼けした顔に傷跡を残しつつも、近いうちの復帰を語ってくれ、元気そうでした。

そして、そのレースに今年の日本ダービー馬、エアシャカールが挑戦していました。鞍上は武豊。エルコンドルパサー、アグネスワールドなどの活躍により、日本馬の評価は高く(下表参照)、人気は3番人気。レース前には本命馬モンジュー(去年の凱旋門賞馬)と並んで紹介VTRが流れました。このVTR、いきなり横綱・曙の土俵入り、スキー・ジャンプ、柔道が。な、なんだ?と思ったら、「日本はさまざまなスポーツで成功をおさめてきた」という前振り。日本ダービーの勝利(これはうれしかった!こんなところで見られるとは!!)ニューマーケットでも調教の様子に続いて、英語での松田調教助手のインタビュー。エアシャカールにに甘えて噛まれるので首などにキスマークがついてガールフレンドに嫉妬されるという笑い話も交え、「勝ちに来たんだから勝たなければならない」という力強いコメントでした。解説でも鞍上の武豊騎手のことを「世界最高の騎手のうちの一人」と言っていて、日本人として嬉しいかぎりでした。私が競馬を見始めた、第一回ジャパンカップの頃のバカにされていた日本競馬を思うと特に。

しかし。前半はいい感じで走っていたのですが、直線になってからなんだか走りに集中できなかったエアシャカールは結局7頭立ての5着とあえなく惨敗。馬体に異常がないことを祈るのみです。

それに対してモンジューの勝ちっぷりはまさに横綱相撲。歴史に残る名馬との印象を強くしました。そして、その馬と渡り合ったエルコンドルパサーの強さも。

(興味のない人は表を飛ばしてね

●日本馬の海外重賞勝利(平地のみ)

年度
国名 馬名 レース名
S34年 米国 ハクチカラ ワシントンバースデーH
H7年 香港 フジヤマケンザン 香港国際カップ(国際G2)
H10年 フランス シーキングザパール モーリス・ド・ギース賞(仏G1)
H10年 フランス タイキシャトル ジャック・ル・マロワ賞(仏G1)
H10年 香港 ミッドナイトベット 香港国際カップ(国際G2)
H11年 フランス エルコンドルパサー サンクルー大賞(仏G1)
H11年 フランス エルコンドルパサー フォワ賞(仏G2)
H11年 フランス アグネスワールド アベイユ・ド・ロンシャン賞(仏G1)
H12年 英国 アグネスワールド ジュライカップ(英G1)

●キングジョージVI&クインエリザベスS優勝馬

1951年
シュープリームコート

1976年
ポーニーズ

1952年
タルヤー 

1977年
ザミンストレル

1953年
ピンザ 

1978年
イルドブルボン

1954年
オリオール 

1979年
トロイ

1955年
ヴィミー

1980年
エラマナムー

1956年
リボー 

1981年
シャーガー

1957年
モンタヴァル

1982年
カラグロウ

1958年
バリモス 

1983年
タイムチャーター

1959年
アルサイド

1984年
ティノーゾ 

1960年
アグレッサー

1985年
ペトスキ

1961年
ライトロイヤル 

1986年
ダンシングブレーヴ 

1962年
マッチ 

1987年
リファレンスポイント

1963年
ラグサ

1988年
ムトト 

1964年
ナスラム 

1989年
ナシュワン

1965年
メドウコート 

1990年
ベルメッツ 

1966年
アーントエディス

1991年
ジェネラス 

1967年
バステッド

1992年
サンジョヴィート

1968年
ロイヤルパレス

1993年
オペラハウス

1969年
パークトップ

1994年
キングズシアター

1970年
ニジンスキー

1995年
ラムタラ 

1971年
ミルリーフ

1996年
ペンタイア 

1972年
ブリガディアジェラード

1997年
スウェイン 

1973年
ダーリア

1998年
スウェイン

1974年
ダーリア

1999年
デイラミ

1975年
グランディ

2000年
モンジュー

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7/31

よろずやみたいな店「ウィルキンソン」で買い物をしたら、突然店員が小さな白い紙を出して、自分(店員)の名前をこれに書けと言われました。結構混んでいて、レジに列が出来ているし、ぶっきらぼうな感じだったので、えっもう会計は済んだのにナニゴト?とびびりながらえ?あなたの名前?英語で?とか訳のわからないこと(というか予感があったのか?)を聞いたらそうだというので、とにかく彼女の名前、JULIEと書いたところ、同じ紙に名前を書けというので、ますます驚いて、こんなところにサインしたら何に使われるかわからんぞーとか思っておびえて聞き返したら、私(ジュリー)の名前をチャイニーズで書けと・・・。

なんだ、要は漢字が流行ってるから漢字名の名札が欲しかったらしいのです。そういうことはもっと愛想よく頼んでよね!まあ、ほっとしつつも、突然の事で漢字が思いつかないし、後ろの人は並んでいるし・・・。とどぎまぎしながら、とりあえず大急ぎで樹里と書いて来ました。店を出てしばらくしてからようやく驚きが去ってひとりでにやにやしてしまいました。今考えるとすごく走り書きだったし、字選がちょっと暴走族っぽかったかもなあ。でも、受理にしなかっただけましか。あと、中国人がジュリーと読んでくれるかどうかは知らないよおっ。

今後はそういう奇襲にそなえて第安那とか伽叉林とか考えておかなくちゃです。

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